3度目の就職。しかし…

再就職先が事実上破綻し、3度目の就職先で新たに頑張ろうと思ったが、ここでもまた色々あった。結局約1年後、正直今でもなんだか解らないが、出向を命じられ、出入りしている業者で勉強することになった。しかし一日で、今度は違う病院に「出向の出向」と言う形で、業務を手伝うことになった。

訳のわからないままあちこちに異動させられ、今度は、その時に起こしてしまった車の単独事故を原因に、「あなたみたいな、車の事故を起こすような人に、医療職ができるとは思えない。うちでは面倒見切れない。出向は取り止めにする。そして、あの病院にも辞表を出さなきゃダメだ」みたいな事を言われた。

車の事故で、しかも単独事故で、なんでそこまで言われなきゃならないのか解らなかったが、書面も何にもなしに、人を出向、更に出向の出向、を命じ、今度は納得できない理由で出向取り止め、しかも元の勤め先に辞表を出せ、と迫る。意味が全然解らなかったが、一つだけ、確かなことは、「ここにいても、難癖つけられ、辞めさせられるように仕向けられるだけだ」ということ。

出向が取り止めになり、最初に元の勤め先へ行く日、自分は白衣ではなく、スーツで院長と会い、辞表を叩き付けた。院長はなんだかよく解らないことを怒鳴っていたが、しったこっちゃない。こんな病院は辞めてやる。気分はとてもスッキリしていた。

この職場では、最初に「うつ」になった職場より、ずっとひどい扱いを受けてきた、と今でも思うのだが、当時、一緒に住んでいた彼女のお陰なのか、それとも自分が強くなった影響なのか。ほとんど「うつ」のような症状になることはなく(薬はずっと飲んではいたが)、退職からわずか2週間で、次の職場の面接を受け、合格していた。

ちなみに、この時の父の心境を後になって聞いてみると、「ずいぶん強くなったなぁ、と言う印象。正直、書面なしに、口頭のみで出向、更に出向の出向までを命じるのは法律上問題があり、父さんは、弁護士に相談するつもりでいた。でも、SHUはあっという間に次の職場を見つけてきて、気持ち新たに働こうとしている。その気持ちを削ぐような事は止めよう、と思った。しかし、すごい精神力を身につけたなぁ、と思う。」という事だった。

そうして、自分は4箇所目の職場へ就職した。

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