休職期間中の私

「抑うつ状態」と診断され、休職期間に入った。それから数ヶ月の自分は、ホントに地獄だった。とにかく泣いた。抗うつ剤が効いて、ボーっとした状態が続いていたにも関わらず、皆に申し訳ないことをした、と言う思いで一杯で、でも、死にたくても死ねない自分が情けなくて、更に泣いた。

いい年して、親に診断書を職場まで持っていってもらう自分が情けなくて、更に更に泣いた。何でもかんでも、自分のせいだ、と思い込み、泣いた。泣いた後は、無気力になったベッドから起き上がれないご飯が食べられないお風呂にも入る気力がない。

それに加え、睡眠薬を飲んでも寝れない。せいぜい1時間のうたた寝ぐらい。なんで寝れないのか、イライラして、物に当たるようになった。壁に物をぶつけ、穴をあけてしまった。寝れないことがこんなにも辛いことなのか、と、その時初めて知った。

しかし、抗うつ薬を飲み続けて2週間ぐらいすると、薬の効果が現れたのか、少しずつ寝れるようになり、そして起き上がれるようにはなった。それから、少しずつ身の回りの事を、やれる気分になったら、する事にした。お風呂に入ってみた。気持ちよかった。近所の公園を散歩した。日差しが暖かく、汗をかいた。近くのサイクリングロードを、自転車で走ってみた。風を感じることができ、心地よかった。

そんな風に、ただ寝転がってるだけでなく、徐々に徐々に、人間らしい生活を取り戻していった。そんな自分がとても嬉しかった。・・・しかし、そんなに簡単に完治などしないのが「うつ」。「あること」が原因で、また元に戻ってしまった。

発病から2週間でようやく動けるようになり、それから1週間要するに、発病から3週間少しずつ良くなってきた状態も、一気に悪くなってきた。その理由は、「復職の事を考えたから」医師が書いてくれた診断書には、「4週間の自宅療養を必要とする」と記されていた。つまり、あと1週間で復職しなければならない。

それを考えた時、また手や足が震えた。まだ、同僚は、自分の犯したミスの事を院長には話してないらしいが、復職したと同時に、やはり話すだろう。ちょっとその事を考えるだけで、同僚の嘲る笑い声や、自分を罵る声が聞こえるようで、おかしくなりそうだった。

気分転換に外に出ても、道行く人、皆が自分の方を見て、「あの人、復職するようだけど、すぐにクビになるらしいよ」「医療職なんて止めればいいのに」「そうだね、クスクス」そんなひそひそ話をしているように思えてしまい(当然そんなわけはないのだが)、外に出ることも再びできなくなった。

その事を父に話すと、休みを取ってまで一緒に病院に行ってくれ、一緒に相談した。「復職する自信がありません」と素直に医師に告げた。そうすると、あっさり「じゃあ、もう1ヶ月休職の診断書を書いておきます」と言われた。  助かった・・・

その時、自分がどれだけホッとしたか。「まだ生きていられる」そう思えるほどだった。そうして、休職期間は2ヶ月目を迎えることとなった。医師に「更に4週間の自宅療養が必要」との診断書を書いてもらい、気分がかなり楽になった。「抑うつ状態」と診断されてから1ヶ月。不眠はなかなか改善されず、処方薬を色々変えて、模索していたが、抗うつ薬はだいぶ効いて来て、気分の落ち込みなどはかなり少なくなっていた。

やはり、職場復帰のことを考えるとすごく不安になり、情緒不安定になったが、父から「1ヶ月先のことは1ヶ月先に考えればいい。その時復職が無理そうなら、また診断書を書いてもらえばいい。復職ができそうだと思えるまで、ずっと診断書を書いてもらえばいい」と言われ、気持ちの面ではすごく楽になっていた。そして、更に1ヶ月。(診断後2ヶ月)

診断書の期限は切れようとしていたが、父のアドバイス通り、「復職の自信がなければ、また診断書を書いてもらえばよい」と思い、医師に相談したところ、快諾していただいた。これで、休職期間は3ヶ月に延びた。

しかし。職場から、私の『親宛』に電話がかかった。「さすがに、3ヶ月も休職されると、こちらの仕事にも支障が出る。復職していただくか、それができないようであれば、退職していただきたい」との事だった。自分は、それを聞いて、無理にでも復職しようと思った。

しかし、父が言った。「お前は、そんなに無理してまで復職する事が最善の道だと思うのか?同僚がお前の事を色々言ってて、解雇もほのめかされて、職場のことを思い出すだけでも震えていて、そんな状態で復職できるのか?そして、そんな同僚のいる職場に戻る価値がある、って思ってるのか?お前は国家資格持ってるんだから、他の就職先だってあるだろう。『もう、あの職場には縛られない。辞めてやるって気持ちにはなれないのか?」と。

その言葉を聞いて、心の靄が、スーッと消えていったように思えた。自分は、自分が生み出した脅迫概念で、「復職しなければ」と思っていた。でも、そんな必要はどこにもない。自分の本心のままに決めて構わないんだ、と、父の言葉で理解した。

その時の自分の本心は、「仕事ができる」と思えるまで、ゆっくり休みたい。例え今の職場を失っても、病気をきちんと治して、また就職活動をすればいい。と言う気持ちだった。だから、その職場にもう未練はない。そう決意した日、退職願いを書き、平成14年10月、依願退職となった。

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