一筋の光

とうとう精神科を退院した。よく晴れた日で、日差しを浴びるのが心地よかった。制限だらけの入院生活だったが、色々学ぶことが多かった。

一つは、友人との繋がりの深さ。精神病棟にまで見舞いに来てくれ、彼なりの、自分が負担にならないような気遣いも見せつつ、元気付けてくれた。彼らとまた会って話をしたり、遊んだりしたい。それには、まずは自分が地にしっかり足を着いた生活をしないと、と自然に思えた。

もう一つは、職場を失ったからといって、人の役に立ってない、という事はない、と言う事。一般病棟で、部屋の掃除を任されることによって、気づかされた。今まで「病気だから」と、放棄してきた、「やらなくてもいいや」と甘えてきた自分を改め、自分の身の回りの事は自分でやることによって、その分親や周りの人の負担が減る。それが、人の役に立つことじゃないか、と思えた。

更に、これら2つの事を合わせて、将来への自分なりの治療法と言うか、今後どうしたらいいか、と言う事を考えることができた。まずは、自分の事(家事や掃除や洗濯など)は、自分でやる。無職だし、お金は家に入れれないけれど、それ以外で親の負担を軽くする方法はあるはず。それをまずできるようにすること。

自分の事ができるようになったら、母がやってるような、専業主婦の手伝いをする。家族の洗濯、自分の部屋だけじゃなく、家全体の掃除、買い物など。こういうことをしていくことによって、社会へ再び出る「リハビリ」をする。そして、いつか、自分が「働きたい」と思うようになったら、ハローワークへ行って、仕事を探す。

ネットでは求人は見ていたが、専門職の為、いつになってもそこそこ需要はある。「働きたい」と思ったその時に、「働きたい」と思った求人に申し込む。そして、復職。これが自分の社会復帰へを描いたリハビリだった。

こういう気持ちになれたのと、薬が自分に合ってきたのか、退院後の自分の体調はすこぶる良く、体力維持の為にジムに通う程だった。自分の事が自分でできるようになり、母の手伝いもするようになり、もう「死ぬ」なんて事は考えなくなった。そして、発病から季節は2つ巡り、冬になろうとしていた。

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